「電話が怖い」(中学2年生から不登校、男子)

風邪をひいて、3日間休んでから少しずつおかしくなって行きました。翌週になってまた怠くて1日休みました。その次の週は2日、、、と少しずつ休みが増えていって。ある時から完全に学校に行かなくなりました。

休みがちになっていくと、教室に行っても友達と話題が合わなかったり、授業が進んでいてよくわからなかったり、どんどん自分だけ取り残されていく感じがしていました。「ちょっと休みすぎかな、友達や先生にどう思われているんだろうか」と考え出したら怖くて行けなくなってしまいました。

そこからは、毎日のようにゲームをしたりネットを見て過ごしていました。僕より少し前に不登校になってしまったクラスの友達と連絡を取り合うようになって、ネット対戦のゲームで毎日遊んでいました。ゲームをしている時はとても楽しいのですが、終わってからいつも「ああ、今日もゲームばかりして過ごしてしまった。やっぱり学校に行かなきゃ」と後悔をしていました。

お母さんは心配して、よく学校の先生に家に来てもらうように頼んでいました。学校の先生に会うのは本当に嫌で嫌で仕方なかったので、先生が来ても部屋にこもったり来る直前に家から出て逃げたりしていました。それでもしつこく先生は電話をしてきたりしたので、家の電話が鳴ると「あ、学校からだ!」といつもビクビクしていました。不登校を抜け出せた今でも、家の電話が鳴るとドキッ!とすることがあります。

お父さんは出張が多かったのですが、毎日のようにネットのテレビ電話をしてくれました。その時はいつものことだと思っていましたが、今思えば僕のことを考えて毎日してくれていたんだと感謝しています。

中学3年生になって、お母さんやおばあちゃんとおばさんが僕のことで家族会議をしていました。そのときにだい好きだったおばあちゃんが泣いている姿を見て「僕はおばあちゃんを泣かせるようなことをしてしまっている」とショックを受けました。そして、そこから僕は真剣に将来や進路のことについて考えるようになって行きました。「このままじゃだめだ。ちゃんと勉強したい。大学に行きたい」と。

そんなときに、学校の先生が家に来て僕でも入学できそうな学校のパンフレットをいくつか持ってきてくれました。「こんなにいくことのできる学校があるんだ」とちょっとびっくりしたのを覚えています。そこからお母さんと一緒にいくつかの学校を見学して、最終的に寮のある青山高校に決めました。ここで自分で決断できたことが良かったです。

気がつけば、高校2年生になって次の秋の文化祭の実行委員として忙しい毎日を過ごしています。とても充実した高校生活が送れていると思います。

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