【体験記】起立性調節障害でも起きられるように
小学校の時は、特に問題もなく学校に通えていましたが、中学1年生になってから朝起きるのが辛くなってきました。それでも「学校に行かなきゃ」という強い気持ちがあったので、遅刻しても毎日学校には行くようにしていました。いくつも目覚まし時計を買ってきて、何度目覚ましを鳴らしても、起きることができませんでしたし、お母さんに起こされても、気持ち悪くてしばらく動けませんでした。それでも頑張って学校には通っていました。
ある日、夕方まで目が覚めませんでした。とてもショックでした。
目が覚めないことに驚いたお母さんが、病院に連れて行ってくれました。するとさまざまな検査をして、お医者さんが「あなたは、起立性調節障害です。」と言いました。その病名を聞いたときに、びっくりしましたが、半分はホッとしました。なぜ起きられないのか、朝になると頭が痛くなるのかという原因がわかったからです。そしてそれからは、
病気を理由(言い訳)にして、学校に行かなくなりました。
朝に目が覚めることもありましたが、「頭が痛い」「気分が悪い」と言って休みました。どんどん勉強に遅れて行っているのはわかっていたのですが、心の中で何度も「私は起立性調節障害なんだから仕方ない」と言い聞かせて休みました。そして、文化祭にも修学旅行にも行かずに私の中学3年生は終わろうとしていました。
そんな私をみても、お母さんは何も言いませんでした。日曜日のように普通に接してくれました。今思えばそれが良かったのかもしれません。中学3年生が終わりそうになった頃、だんだんと私も焦り出してきました。
このままで良いわけがない。本当は学校に行きたい。高校も行きたいし、大学にも行きたい。
ということをぐるぐると頭の中で考えていましたが、実際に行動に移すことはできていませんでした。すると、病院のお医者さんから「こんな学校があるので、一度見学に行ってはどうか?」と勧められたのが、青山高等学校です。お医者さんが言うには、生活環境が変わることで起きられるようになるケースがあるし、青山高校は高原にあるので気圧の変化と気温の変化でスイッチが入るかもしれないということでした。
私は、「寮生活って・・・」と思いながらも、一方で危機感があったので、お母さんと学校見学に行きました。すると、青山高校のオープンキャンパスは生徒さんが案内をしてくれます。当時案内をしてくれた先輩も、同じように朝が苦手で不登校になったという話をしてくれました。私からしたらすごく礼儀正しくてキラキラした女子高生の先輩だったので、私みたいにダラダラした生活をしていたなんて想像はできませんでした。「もし、この先輩みたいに変われるなら・・・」と思い、寮生活の学校に入学することを私自身が決めました。母は、通信制の学校や他の通える学校も探してきてくれましたが、そこでは何も変わらないと思いましたし、通信制の課題やスクーリングだけ行くのもめんどくさいと思っていました。
そして、4月になり私の新しい生活がスタートしました。
すると、お医者さんの言っていた通りちゃんと目が覚めました。本当にパチっと起きられたのです。寮の起床時間の6時40分には目が覚めて、支度をして、朝のホームルームに間に合いました。「私起きれた!」と嬉しかったです。そこから、たまに起きられない日もありましたが、同じ部屋の先輩が起こしてくれるとなぜか目が覚めます。あれだけいくつもの目覚ましをかけて、何度もお母さんに起こしてもらってもピクリともしなかった私はもう居ませんでした。多分、同じ部屋の先輩に「申し訳ない」という気持ちが強かったんだと思います。初めての寮生活で何もわからない私を支えてくれた先輩は今でも尊敬しています。それから1年が経ち、私も高校2年生になり、同じ部屋の後輩を起こす役になりました。(高校2年生女子)